Mari Matsuno の日記

神戸とパリ在住の画家、松野真理のブログです。

お絵かき

marimatsuno2012-05-04

朝、「ジュリーが朝日新聞に出てるよ」という電話で起き上がった。
ゴミも出さなくちゃいけなかったから。いつもは早いフミが出してくれるのだけど昨日は飲み会とかで遅かったから起きてないようだったから。

ジュリーの新しいCDを友人に広告しようと作業する。
でも好きになってしまうってことは、人が勧める事じゃないから、ジュリーのこといいことしてるとかえらいとか思うのと、好きというのと別だから無駄だなあって思いながら自己満足でやる。
ジュリーブログで久世さんが、ジュリーの事本に書いてるのよんで、知ってたことだけど久世さんは、ジュリーの美しいときは、どきどきしながらって言ってるけど年取っても演出してやっぱりどきどきしてたのだろうか、それともジュリー太って少し安心感が持てるようになって付き合っていたのだろうかなんて考える。ファン心理から思うと最後までジュリーに夢中だったんだろうな。

ジュリーは本当に美しかったのに本人は何の未練もなくて本人は、若いころのインタビューであの綺麗なテレビのジュリーは僕じゃないから、僕はそんなに綺麗なものじゃないから、なんていってるように、綺麗なことにうっとりなんてしてたことなかったように思う。でも井上堯之が、寝てるジュリーの横顔にドキッとしたとか言ってるから、うちわでも綺麗なことは事実で言ってたと思うけど。
それが郷ひろみとおおきくちがう。
郷ひろみはナルシストだからジュリーほど綺麗じゃなかったけど今も何とか形を保ってる。
ジュリーが阿久悠久世光彦と出会わなかったら、加瀬さんとかとであわなかったら地味なジュリーで終わっていたかもしれない。
綺麗さを引き出して押し出してそれに一生懸命答えたジュリーがいたからジュリーが出来上がったのだろう。
そのジュリーは自分の気持じゃなかったけど、今は自分の気持どおりに生きてゆく、と地味を楽しみ、綺麗なものが好きな私が綺麗なジュリーに今でもくらくらするのに、汚いジュリーに夢中になって追っかけてる。変なものだ。

「あなたがパラダイス」のなかの文章で「ジュリーって幸せな人ですね。ファンにそんなに思われて」に対して「私たちがジュリーがいるということで幸せになれる」有難うは、ジュリーが口癖だけどいつも「こちらこそ有難う」って思う。

写真のお花は名前は…忘れてしまった。きのう三田でもらったもの。
このごろ描いてて疲れちゃった絵。油絵の具は後始末も面倒。
目がだめになって長く何にも出来ない。哀しいなあ。目だけなんだけどなあ。